不自由への憧れと自由への憧れ
空を飛ぶ車の実用化が、かなり現実的になっているようです。
この「空飛ぶ車」という呼び方は、未来の都市を空想で描いていた頃の名残でしょうか? いよいよ現実化してくれば、もっと具体的な名前が付きそうですね。
いずれにしても、単なる夢物語ではないようです。
人間は、昔から空を飛ぶことに憧れてきました。
私も、子供の頃に「空飛ぶじゅうたん」の絵本を見て、「いいなぁ」と思ったものです。
欲しい物をすぐに出せる魔法使いの主人公も、羨ましく思いました。
映画「ハリー・ポッター」シリーズが人気があるのも、人間のそうした憧れに根ざしているのでしょうかね?
でも、人間は、物質世界に降りる前には、幽質界で、それこそ魔法使いのような暮らしをしていたようです。
欲しい物は何でも現れ、思った所にも瞬時に移動できたようですから、空間を飛ぶような形での移動も可能だったと思われます。
このように何でも思う通りになりますから、1つしかない物を、他の人と奪い合うなんて事はありませんでした。
泥棒や殺人等とは無縁の世界だったのです。
しかし、あまりにも自由で恵まれているため、この事に不満を持った人間の霊魂達もいたようです。
上位の高級霊魂達に、「物質世界に降りて不自由を味わいたい。」と願ったそうです。
高級霊魂達は皆、反対したようですが、最終的には、人間の霊魂達は次々に物質世界に降りていったようです。
そして、労働や生みの苦しみを味わい、物を奪い合ったり殺し合ったり等で、力の強い者が弱い者を支配する世界を作っていきました。
このように、人間達は、地上で憎しみの念等を出し合い、幽体を傷付けていましたから、他界して幽質界に帰っても、元の幽質界の幽気には適合できないようになっていました。
その結果、人間の霊魂達の性質に応じた幽気のある階層が、いくつも出来たようです。
幽質は可変的なので、その幽体に合った幽気に変化するらしいのです。
しかし、そこでも人間の霊魂達は、互いに争い、傷付け合っていたので、さらに下へ下へと階層が広がっていったようです。(逆に、霊的に成長して、上の世界に上って行く霊魂もいたようです。)
一方、地上においては、人間が生殖して受精卵が出来る度に、幽質界にいる霊魂の幽体の一部が、地上に引き寄せられていったようです。
そして、このような再生が繰り返され、現在の地球の人口に至ったようです。
今、私達は、空を自由に飛ぶ事に憧れ、思っただけで欲しい物が手に入らないものかと夢をみます。
不自由に憧れて物質の世界に降りた霊魂は、何度も再生して、今や自由を渇望しているわけですから、実に皮肉なもんですね。
(注)この記事は、私(ドーン)の理解の範囲内で書いており、契山館の公式見解を掲載したものではありません。