知っているということを知らないということを知っているということ
Things that you know, that you don’t know you know. – Donald Rumsfeld
「know」の使い過ぎということで、2003年には、著名人による、”Foot in Mouth Award” (わかりづらくて意味不明なコメント大賞・・的な賞)が贈られたフレーズの一部です。ラムスフェルド氏(元・米国国防長官)はこれ以外にも、「know・知っていること」について、色々と掘り下げて語っています。
自分が知っていること・知らないことにはいくつかの種類があって、
- 自分が知っていると認識している事柄
- 自分が知らないと認識している事柄
- 自分が知らないということを認識していない事柄
なんだかすでにややこしいのですが、そういうタイプがあるということで、後には、更にややこしくなって、
「自分で知っていると認識していないことを認識している事柄」 なんてものが追記されています。
黒猫くん
そりゃ「意味不明大賞」だにゃ
上記の中で難解とされているのは3番目の「知らないことを知らない」場合。
そういう事柄が存在することすら知らないので、問題意識も持たないし、解決するという必要も生じません。
ただし、その事柄がある日突然、目の前に現れたら、何の予備知識も対策もなく、寝耳に水!青天の霹靂!ということになります。
ミニ知識:「青天の霹靂(へきれき)」は、英語でも「Bolt from the blue」とか「Out of the blue」って言うんですね。
たとえば・・・
- 人間は死んだらおわり、無になる → 他界して目が覚めたら、青天の霹靂。
- 幽霊なんて怖がる人の妄想、強い心を持ってればそんなもん無関係 → 他界したら幽霊だらけ、青天の霹靂。
- 自分は善人だから、他界後は天国に直行 → 他界してみたら幽体が不調、青天の霹靂。
おそらく今の世の中、知らないということを知らないままで一生を終えても、何ら問題のないことがほとんどだと思います。
けれどもその中には、知らないことを知らなかったではすまされない事柄があることを知り、知りたいと思えばいつでも知ることができることを知る、それが大切なのです。
(注)この記事は、水波霊魂学で学んだことをもとに、私(さんば)の理解の範囲内で作成したものであり、契山館の公式見解を掲載したものではありません。