行きにくい世の中

生きにくい世の中になってきました。
異常気象により野菜や果物、魚等は今までのようには市場に出回らなくなり、エネルギーの流通も妨げられているせいで、石油を使ったあらゆる物の値段が上がっています。年金生活者はもちろん、普通に働いてる人でも、さらにアルバイトをプラスしないと、なかなか裕福には暮らせないようです。
そんな中、将来を安泰に過ごすために、 投資をして自分で資産を増やすことが推奨されているようです。しかし、このように資産を増やせるのも、金銭的な余裕がある人に限られるでしょう。
それでも、「工夫次第で投資のためのお金を捻出できるのだから、投資に回せないのは自己責任だ」等と言う人もいるかもしれません。人間の頭のレベルはみな同じと考えれば、どんな人でもチャンスはあるのでしょうが、それは幻想です。
どうやら、真面目に働いていれば食べていける世の中ではなくなっているようです。子供の頃から、競争を勝ち抜いて人よりも有利な立場に立ち、獲得したお金でさらに資産を増やしさなければ安心して暮らしていけない世の中になっています。生きていく事自体が、大変な世の中になっています。
世界に目を向けると、戦争のさなか、生まれるや すぐに命を絶たれる子どももいます。権力者や 富裕層のみが 恩恵を受け、一般市民は食べることもままならないという国や地域もあります。実際に自分で体験しないと、その壮絶 さは理解できないところがありますが、ちょっと想像しただけでも苦しみや辛さが伝わってきますよね。
霊魂や霊的な世界を信じる人達の中には、人は勉強するために地上に生まれてきたと考える方々がいます。でも、一体どういう勉強なのでしょうかね?
そういう方々は、恐怖と窮乏の中で暮らしたことあるのでしょうか?明日の食べ物も事欠き、自分や子供の命も危険にさらされてる中で、何か人生のテーマを見つけられるのと言うのでしょうか?ただただ苦痛や恐怖心、敵対する勢力に対する復讐心が植え付けられるだけではないでしょうか。
今こそ、人はなぜ生まれてくるのか、生まれることは本当に喜びなのか、神様がこの世に命を授けているのか、考えてみるべきではないでしょうか。
平和な時、みんな普通に努力すれば食べて行ける時には、子供を持つことに何の疑問を持たないかもしれません。しかし、そういう世の中ではなくなってきつつある今だからこそ、疑問を持って考えていただきたいものです。
(注)この記事は、私(ドーン)の理解の範囲内で書いており、契山館の公式見解を掲載したものではありません。





