先祖供養の意義
グーグルで先祖供養について調べたところ、「先祖供養とは、亡くなったご先祖様の魂をなぐさめ、感謝や敬いの気持ちを伝えるための行為です。その主な方法は、仏壇へのお参り、お墓参り、年忌法要の3つです。」と、AIが回答していました。
この回答によれば、仏壇やお墓にお参りし、年忌法要すれば、先祖に感謝や敬いの気持ちが伝えられ、先祖の魂がなぐさめられるようです。
先祖の魂が、あの世で子孫を見守ってくれていると信じている人は、仏壇やお墓で祈れば、あの世にいる先祖に届くと思っているかもしれません。
しかし、仮に思いが届くとしても、ピンポイントで特定の先祖霊に届くでしょうか?
先祖は、ずっとあの世から子孫を観察しているわけではなく、子孫の動きに合わせて都度、仏壇やお墓に現れるわけではありません。
霊魂に祈りが届くとしたら、地上に来ていて、仏壇やお墓の側で人間を観察している別の霊魂です。
また、霊魂は肉体の耳を持たず、物質世界の音は聞こえませんから、お坊さんのお経は聞こえません。
仮に聞こえたとしても、難解で理解不能だと思います。
お経が供養になると信じている人は、生前には無縁だったお経も、死ねば理解が可能になると考えているようですが、この理屈からは、英語が出来なかった人も、他界後には英語が堪能になってしまいます。
それ故、先祖の魂が、子孫の祈りやお坊さんのお経を聞いて、なぐさめられる事はないのです。
先祖の魂をなぐさめたり、先祖から守ってもらうどころか、邪霊や不道徳な霊魂を引きつけてしまう恐れがあります。
一方、最近では墓じまいが増えているようであり、仏壇を持たない家庭も結構多いようです。
そもそも、無神論者が多くなっていますから、ほとんどの人は、先祖供養は先祖のためではなく、親戚の手前だったり、自分自身の心の安寧を図るために行っていると思われます。
しかし、死者はあの世で生きているというのが現実です。
無神論者もやがて死を迎えます。
死んでから、生きているうちに死後の世界の事を学んでおくんだったと悔やんでも、下の世界に入ってしまったら、もはや手遅れです。
霊魂学で霊的真実を学び、正しい霊的知識と、本当の意味での先祖供養、いや人類の救済を考えて頂きたいものです。
(注)この記事は、私(ドーン)の理解の範囲内で書いており、契山館の公式見解を掲載したものではありません。





